LLM(Large Language Model、大規模言語モデル)が書く文章には、「これは単なる授業ではありません。人生を変える旅なのです」のように、一度言った内容をあえて否定し、より強い言葉で言い直す表現がよく登場します。修辞学ではこの技法を「エパノルソシス」と呼びます。Artificial Epanorthosisという論文は、LLMがこの言い回しを人間より多用しやすいことを数値で示し、7月23日に公開されました。著者はFederico Boggia氏です。
背景と文脈
エパノルソシスは古代の演説術に由来する技法です。話し手が一度述べた内容をわざと否定し、より強い言葉で言い直すことで、聞き手の印象に残す効果があります。「単なる製品ではない。体験そのものだ」といったキャッチコピーは、その典型例です。マーケティング文章や講演原稿では効果的な技法ですが、多用すると文章全体が誇張気味になり、読み手が疲れる原因にもなります。
これまでLLMが書く文章に独特の「AIっぽさ」が漂う理由については、憶測が先行していました。よくある説明は、モデルが左から右へ単語を順番に生成する自己回帰的(前の単語をもとに次の単語を予測して文章を作る)な仕組みそのものが、言い直しのパターンを生みやすくしているというものです。文章を書き進めながら軌道修正する挙動が、そのまま言い直し表現として表面化するという見立てでした。
Federico Boggia氏の論文は、この説明に正面から反論しています。エパノルソシスの多用は生成方式の必然ではなく、学習データとモデルの調整プロセスに起因すると論じました。具体的には、ウェブ上に大量に存在する広告文や自己啓発系の文章、講演原稿がLLMの学習データに多く含まれている点を指摘します。加えてRLHF(Reinforcement Learning from Human Feedback、人間の評価をもとにモデルの応答を調整する強化学習の手法)で、評価者が力強く聞こえる言い回しを高く評価しがちな傾向も、多用を後押ししていると分析しています。
技術/ビジネス面

Boggia氏はエパノルソシスの多用度合いを測る「エパノルソシス指数」という指標を考案しました。ジャンルごとの人間の文章に見られる平均的な使用頻度を基準にして、LLMの出力がその基準からどれだけずれているかを数値化する仕組みです。
分析の結果、ずれ方はジャンルによって大きく異なることが分かりました。演説や修辞的な文章では、LLMは人間のおよそ2倍の頻度でエパノルソシスを使う一方、雑談的な質疑応答では逆に人間より使用頻度が低くなっていました。論説文やニュース記事、百科事典的な説明文では、人間とほぼ同じ水準に収まっています。LLMはジャンルに応じた「言い直しの適量」を、まだ正しく調整できていません。
この偏りを抑える方法も検証されています。プロンプトで「言い直しを避けて簡潔に書いて」と指示するだけで、使用頻度はかなり下がりました。さらに効果が大きいのはLoRA(Low-Rank Adaptation、モデル全体を再学習せずに一部の小さな重みだけを追加調整する軽量なファインチューニング手法)で調整したアダプターです。この手法ではエパノルソシスの出現をほぼゼロまで抑え込めています。
この結果は、LLMで作成した広告コピーやプレスリリースの文章が似た調子になりやすい理由の一端を説明します。同じ学習データとRLHFの傾向を引き継ぐ以上、モデルが違っても似たような言い直しの癖が出やすくなります。AI生成テキストを見分ける検出ツールが、この癖を手がかりの一つにしている可能性も考えられます。
これからどうなるか
Boggia氏は、エパノルソシスをゼロにすることを目指すべきではないと強調しています。大切なのは、ジャンルごとの人間の書き方に合わせて頻度を調整する「較正」だとしています。演説原稿では強めの言い直しが効果的ですが、技術文書やFAQでは邪魔になるため、用途に応じた出し分けが必要です。
開発者にとっての実利は、プロンプト指示だけである程度は改善できる点です。マーケティング文やプレスリリースの下書きをLLMに書かせている場合、「言い直しの多用を避けて」といった一文をシステムプロンプトに加えるだけで、文章の癖を抑えられます。社内の文体を統一したいなら、LoRAアダプターによる軽量な調整も選択肢になります。
長期的には、AI生成テキストが増えるほど、人間の書き手がその文体を無意識に真似てしまう懸念も指摘されています。学習データの偏りが人間の文章に逆流し、循環的に偏りが強まるリスクです。文章生成をLLMに任せる場面が増えるほど、こうした癖を把握したうえで使う姿勢が求められます。
まとめ
LLMが多用する「これは〜ではない。〜だ」という言い直し表現は、生成方式ではなく学習データとRLHFの傾向に起因することが、新しい論文で示されました。エパノルソシス指数によるジャンル別の分析では、演説調の文章で顕著な過剰使用が確認されています。プロンプト指示やLoRA調整で抑制できるため、マーケティング文や社内文書をLLMに書かせている開発者にとっても、実践的な知見と言えます。
参考リンク
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