オーストラリアの労働審判所「Fair Work Commission」で、AIを使った当事者の主張が相次いで審理の対象になっています。委員会は「明らかに間違っている(plain wrong)」AI生成の法的主張を厳しく批判し、AIを多用した申立てを行った元従業員に相手方の弁護士費用の一部負担を命じました。一方で別の裁判ではAIエージェントを使いこなした申立人が勝訴する例も出ており、審判所は10月からAI利用の開示義務化に踏み切ります。
背景と文脈
Fair Work Commissionは、解雇や労働条件を巡る紛争を扱う準司法機関です。弁護士を立てずに本人が申し立てるケースも多く、近年はChatGPTなど生成AI(人が入力した指示に応じて文章や画像を作り出すAIの総称)を使って書面を作成する当事者が急増しています。委員会側はこれを「AIスロップ」と呼び、事実誤認や存在しない判例の引用が相次いでいる実態に繰り返し苦言を呈してきました。
今回問題になったのは、勤続半年に満たないタイミングで解雇されたスーパーマーケット従業員のケースです。不当解雇の申し立てには最低6カ月の勤続が必要ですが、AIが生成した書面は解雇日を取り違え、争点にならない法的主張を繰り返し展開していました。委員会は請求そのものを退けたうえで、相手方企業の弁護士費用約1,230豪ドルを申立人に負担させる異例の命令を下しています。こうしたAI関連の書面トラブルは、AIを使う申立人の増加とともに目立って増えており、審判所側も個別の審理ごとに事実確認の手間が膨らんでいるとみられます。
明暗を分けたAI活用のかたち

対照的な事例もあります。マッコーリー大学の研究者グレゴリー・ベイカー氏は、大学側が非常勤から常勤契約への転換を拒んだことを不服として自ら審判所に申し立てました。ベイカー氏はChatGPT Proなど複数の有料AIエージェントを「チーム」として活用し、主張の整理や参考判例の洗い出し、相手側の反論を先読みした準備を進めたと説明しています。結果として審判所はベイカー氏を常勤の非常勤職員として扱うべきだと認め、勝訴につながりました。弁護士を雇う費用がない個人にとって、AIエージェントが実質的な代理人の役割を果たした形で、司法アクセスの観点からも注目を集めています。
両者を分けたのは、AIを使ったかどうかではなく、出力をどこまで人間が検証したかという点です。負けたケースでは委員会が指摘した誤りをAIが是正できないまま書面が提出され続けました。一方ベイカー氏のケースでは、AIの出力はあくまで下調べや構成の補助として扱われ、最終的な主張の妥当性は本人が判断していたとみられます。委員会側もこの点を意識しており、単に「AIを使った」ことを問題視するのではなく、内容の正確性そのものを審査対象にしていることがうかがえます。
これからどうなるか
こうした事例の増加を受け、Fair Work Commissionは生成AIの利用に関するガイダンスを公表し、2026年10月20日から申立人にAI利用の開示を求める運用を始めます。開示を怠った場合は不利な扱いを受ける可能性があるとしており、AI利用そのものを禁止するのではなく、透明性を担保する方向にかじを切った形です。日本でも同種の紛争処理手続きでAIを使う場面は今後増えていくと見られ、法律相談や行政手続きにAIを組み込むプロダクトを開発する立場からは、「AIの出力を人間がどう検証したかを記録・提示できる仕組み」を設計段階から組み込んでおく価値があります。単にAIで文書を生成するだけの機能は、今回のような「ずさんな主張」を助長しかねません。開示義務化そのものも、AI利用を隠す動機を減らし、審査側が出力の質を早い段階で見極められるようにする狙いがあると考えられます。
まとめ
豪州の労働審判所で、AIを多用した申立てが敗訴とともに費用負担を命じられる一方、AIを補助的に使いこなした申立人が勝訴する対照的な事例が相次いでいます。審判所は10月からAI利用の開示を義務化し、透明性の確保に動いています。
参考リンク
- An ‘AI Legal Team’ Wins Its Case. It’s a Rare Victory for Access to Justice.(Singularity Hub)
- AI-generated Fair Work claim backfires as sacked Aldi worker ordered to pay legal costs(The Australia Today)
アイキャッチ画像: Photo by Nathaniel Shuman on Unsplash

