オフィスソフト「LibreOffice」を開発するThe Document Foundation(TDF)が、生成AI機能を搭載しないという方針を明確に打ち出したところ、最新版のダウンロード数が過去最多を記録しました。新版の「Yes, no AI is now a feature」と題したブログ投稿では、AIを頭ごなしに拒否するわけではないとしつつ、現時点でTDFが掲げる条件を満たすAI機能は存在しないと説明しています。ソフトへのAI搭載が当たり前になりつつある中、あえて「非搭載」を打ち出した判断がユーザーの支持を集めた形です。
背景と文脈
ここ数年、WordやExcelに代表されるオフィスソフトには、文章の要約や表の自動生成といった生成AI機能が次々と追加されてきました。便利さの一方で、入力した文書データが外部のAIサービスに送信されることへの不安や、AI機能を無効化しづらい設計への不満も広がっています。企業の稟議書や個人の確定申告書類など、扱う文書の機密性が高いほど、この不安は切実です。
LibreOfficeは長年、オープンソースで無料という立ち位置からMicrosoft Officeの代替として使われてきました。今回の「AI非搭載宣言」は、機能の後れを取っているのではなく、むしろユーザーのデータを外部に渡さない設計をあえて選んだという主張です。同じくオープンソース系オフィスソフトのCollaboraがAI機能の統合を進める中での対照的な立場表明でもあります。行政機関や医療機関、法律事務所など、機密文書を日常的に扱う組織からLibreOfficeが選ばれてきた背景を踏まえると、この立場表明は既存ユーザーの信頼をさらに固める狙いもありそうです。
技術/ビジネス面

TDFはAI機能を標準搭載する前提として、六つの条件を掲げています。公開されている主な条件は次の3点です。まず、推論(AIモデルが入力に対して答えを計算する処理)をどこで実行するか、利用者自身が選べること。手元のパソコンで動かすか、自分が管理するインフラで動かすか、独自に選んだサービスを使うかを選択できる必要があり、既定値で単一の事業者に無断で送られる設計は「選択」とは呼べないとしています。次に、許可なく文書の内容が外部に出ないこと。文書には医療記録や訴訟資料、入札情報など法的に保護された情報が含まれる場合もあるため、これを利用者の資産として扱う姿勢です。最後に、いかなる利用データも収集しないというテレメトリー(ソフトの利用状況を開発元が自動収集する仕組み)の禁止です。TDFは現在も利用データを一切集めておらず、AI導入を機にこの方針を崩すことはないとしています。
最新版「LibreOffice 26.8」は、この方針を掲げた直後に公開され、リリース初週のダウンロード数が100万件を超え、歴代最多を記録しました。AI機能の有無が購買・利用の判断材料として無視できない規模で表面化した事例といえます。
これからどうなるか
この動きは、AI機能を「付ければ付けるほど良い」という前提に一石を投じています。開発者の視点では、自分のプロダクトにAI機能を組み込む際、推論の実行場所やデータの送信先をユーザーが選べる設計にしておくことが、今後の差別化要因になり得ます。特に企業向けソフトやSaaSを作る場合、オンプレミスやローカル実行を選べる選択肢を用意しておくと、AI機能への警戒感が強い顧客層を取り込みやすくなりそうです。AI機能を既定でオンにするか、明示的なオプトインにするかという設計判断そのものが、プロダクトの信頼性を左右する時代になりつつあります。
一方で、AI非搭載という立場が長期的に競争力を保てるかは未知数です。生成AIを前提にしたワークフローに慣れたユーザーが増えれば、機能面での見劣りが逆風になる可能性もあります。TDF自身も「AIを拒否しているわけではない」と明言しており、条件を満たす実装が登場すれば方針が変わる余地も残されています。
まとめ
LibreOfficeはAI非搭載を明言し、最新版が過去最多のダウンロード数を記録しました。推論の実行場所の選択、データの外部非送信、テレメトリー収集ゼロという条件を掲げ、ユーザーのデータ主権を重視する姿勢を鮮明にしています。AI搭載を急ぐ業界の流れに一石を投じる事例です。
参考リンク
アイキャッチ画像: Photo by Luke Chesser on Unsplash
