米Stanford大学とArc Instituteの研究チームが、DNA配列を学習した生成AIモデル「Evo-2」を使い、大腸菌に感染して殺すバクテリオファージ(細菌に感染するウイルスの一種)を新規設計しました。約300種の候補を合成した結果、16種が実際に大腸菌を殺す機能を持つと確認され、AIが完全なウイルスゲノムを設計し機能を実証した初の公表事例となりました。抗生物質が効かない耐性菌対策の新たな選択肢としても注目を集めています。

背景と文脈
バクテリオファージ(略称ファージ)は細菌にだけ感染し、宿主を破壊するウイルスです。抗生物質が普及する以前から治療利用の研究があり、薬剤耐性菌(抗生物質が効かなくなった細菌)が世界的な脅威となる中、抗生物質に代わる治療手段として近年再び注目されています。Stanfordは今年6月にもファージ医薬の研究拠点を新設しており、今回の成果はその延長線上にあります。
一方でEvo-2は、Stanfordの化学工学准教授Brian Hie氏らが2025年2月に発表した生成AIモデルです。文章を学習してテキストを生成するLLM(Large Language Model、大規模言語モデル)と同様の仕組みを使い、細菌からヒトまであらゆる生物のDNA配列を学習しました。塩基配列を「単語」のように扱い、次に続く配列を予測・生成することで、実在しない新しいゲノム配列をつくり出せます。Evo-2はモデルを無償公開しており、研究コミュニティが自由に使える点も特徴です。
これまでAIによる生体分子設計は、AlphaFoldに代表されるタンパク質の立体構造予測や、ごく短い遺伝子配列の生成にとどまっていました。ウイルス1個体分の完全なゲノム、しかも実際に細胞に感染し増殖する機能を持つ設計物をAIが生み出した例は、公表された研究として今回が初めてです。この成果はAIが生命の「設計図」そのものを扱える段階に入ったことを示しています。
技術/ビジネス面
研究チームはまず、大腸菌に感染する天然のファージ「ΦX174」(史上初めて全ゲノムが解読されたウイルスの一つ)をEvo-2に読み込ませました。ゲノムとは生物の遺伝情報を記した塩基配列全体を指します。Evo-2はこの配列を土台に、実在しない新しいゲノム配列を大量に生成しました。
候補配列の中から302種を選んでDNAを合成し、実際に大腸菌の培養皿に導入したところ、16種が完全なウイルス粒子として組み上がり、大腸菌に感染して破壊する機能を確認できました。この成果はGenerative design of bacteriophages with genome language modelsとしてScience誌に掲載されています。注目すべきは性能面です。AI設計株の一部は天然のΦX174より最大65倍の増殖速度を示しました。さらに16種を混ぜたカクテルは、天然ファージに耐性を獲得した大腸菌に対しても効果を発揮し、耐性の再獲得を防ぐ働きも確認されています。
従来のファージ療法は、下水や土壌から目的の細菌に効くファージを探索する手間のかかる作業が必要でした。Evo-2はこの探索工程をAIによる配列生成に置き換え、天然には存在しない性質を持つ変異体を狙って作り出せる点が新しいところです。Stanfordは2026年6月にファージ医薬の研究拠点を新設したばかりで、今回の手法は同拠点が目指す迅速な治療薬開発を技術面から後押しする位置づけになります。
これからどうなるか
今回の成果は薬剤耐性菌への新たな治療手段として期待される一方、AIによる完全なウイルス設計が現実になったことで、生物兵器転用(デュアルユース)リスクの議論も強まっています。Hie氏はバイオセキュリティ分野の判断基準として「兵器設計への参入障壁を下げるかどうか」を挙げ、DNA合成や実験検証に多くの工程が必要な点から障壁を下げるものではないと説明しています。ただしEvo-2自体は無償公開されており、DNA合成受託企業の配列スクリーニング体制など、既存の安全網が生成AI時代に対応できているかは今後の重要な論点です。
開発者にとっての意味も見逃せません。EvoシリーズはDNA配列を「言語」として学習・生成する仕組みで、コード生成LLMと基盤技術は同系統です。汎用モデルを公開しAPIやオープンウェイトで提供する流れは、安全フィルタや利用審査の設計を伴うプロダクト開発が今後どの領域でも必須になることを示す先行事例といえます。
まとめ
StanfordとArc Instituteの研究チームは、AIモデルEvo-2を使い大腸菌を殺す機能的なバクテリオファージを16種、ゼロから設計しました。AIが完全なウイルスゲノムを設計し機能を実証した初の公表事例です。薬剤耐性菌対策への応用が期待される一方、生物兵器転用リスクをめぐる安全網の議論も本格化しています。
参考リンク
- AI designs a novel E. coli killer | Stanford Report
- Generative design of bacteriophages with genome language models | Science
- Genome modelling and design across all domains of life with Evo 2 | Nature
- New center targets drug-resistant infections with viral therapies | Stanford Report
アイキャッチ画像: Photo by Ashraful Islam on Unsplash

